「任天堂ゲームセミナー」の生徒作品が、DSダウンロードサービスを利用して無料配布される。任天堂ゲームセミナーは、任天堂が主催する学生向けの無料の実践的な講習会。任天堂の現役開発者が講師となり、約10ヶ月の期間で開催され、生徒は実際にゲームの開発を行う。開発プラットホームはニンテンドーDSで、昨年度に実際に作られた作品が、4月下旬より店頭の無料ダウンロードサービスで無線配信される。
今回配布されるのは以下の4作品。それぞれ2週間ずつの配信期間がある。
「ネコソギトルネード」(シューティング) 4/13~4/26
「くるけし!」(パズル) 4/27~5/10
「bioum」(育成シミュレーション) 5/11~5/24
「チーとフーのおいしいえほん」(絵本アドベンチャー) 5/25~6/07
配信期間中に、自分のニンテンドーDSかニンテンドーDS Liteをサービスを提供している店舗に持ち込み、メニューからダウンロードを選ぶことで遊ぶことが出来る。ダウンロードプレイの特性上、電源を切るとデータが消えてしまうので、ダウンロード後はDSの蓋を閉じてスリープ状態にすると良い。バッテリ切れにならないよう、あらかじめ充電しておき、持ち帰ったあとはなるべく電源ケーブルを繋いだ状態でプレイすることをオススメする。
さて、今回の配信は一見すると、任天堂の気まぐれかちょっとしたサービスのように見えるが、任天堂の新たな変化にむけた大事な布石と見た方が良い。
大人のDSトレーニングややわらかあたま塾、アソビ大全などの昨年度ヒット作を例に挙げるまでもなく、ニンテンドーDSで注目されているソフトの多くは「お手軽」な低価格ソフトである。ブラウザ上でプレイするFlahゲームや、携帯電話でプレイするソフトなど、いわゆる"カジュアルゲーム"に近い。
カジュアルゲームの定義は、はっきりと定まったモノはないようだ。よく言われるのが「少人数の開発者によって」「低予算で作られ」「説明書なしで手軽に遊べる」ソフトがカジュアルゲームだ。これに「ネットワーク配信で手に入る」が追加される場合もある。
カジュアルゲームの市場規模がどの程度の大きさで、既存のゲーム市場との競合状態がどのようになっているのかは正確な資料が手元にないのではっきりとは分からない。ただ、近年カジュアルゲームが大きく市場を広げていることは間違いない。一般的なゲームユーザーには、おそらくカジュアルゲームの大半が物足りなく、退屈な性質のものであるため見向きもされないことが多い。しかし、カジュアルゲームのメインターゲットは既存のゲームユーザーではない。OLや主婦、中年サラリーマンなどが比較的多いと言われている。
さて、低価格とはいえコストを割いて開発を行う以上、何らかの形でコストの回収をする必要がある。既存のソフトを店頭で売るにはDSカード(もしくはCD/DVD-ROM)や説明書、パッケージといったハードウェア(器)も一緒に売らなくてはいけない。当然これらには製造コストや流通コストがかかり、ある程度以下の価格にすることはできない。例えば「だれでもアソビ大全」では定価3,800円で42種類のソフトを詰め込むことで解決したが、1本ずつばら売りにすることは出来ない。大人のDSトレーニングに収録されている対戦部分だけを切り取って、店頭で売るのは無理だ。…あの対戦はすごく面白いんだが。
要するに、今までのパッケージメディアでは、本当の意味でカジュアルゲームを売るにはいささか無理があるのだ。やはり、ネットワーク配信は必須と言えるだろう。そして、今回の生徒作品の配布はまさにネットワーク配信だ。
ネットワーク配信でも何らかの形でコストを回収しなくてはいけない。カジュアルゲームにおけるコストの回収方法は大きく分けて以下の3つがある
1.月額課金制度の導入
2.低価格課金システムの構築
3.広告収入に依存
i-modeなどの携帯電話におけるカジュアルゲームは1か2、何らかの形でユーザから直接収入を得ている。直接的、かつ明瞭。電話料金と共に集金されるので心理的障壁も低い。XboxLiveのプリペイド制は2番に該当する。広告依存のカジュアルゲームはRealNetworkが運営するRealArcadeなどがある。プレイ前に広告が表示され、さらにプレイ後も広告なしで長く遊べるフルバージョンの宣伝が行われる。余談だが、このサイトには先日ニンテンドーDSで発売された「瞬感!パズループ」のコピーソフト「ZUMA」が遊べたりする。とりあえず、そのあたりの詳しい話はgoogleなどで調べて欲しい。
さて、任天堂のようなプラットホームホルダーにはもう一つの資金回収方法がある。カジュアルゲームの配信自体を広告として利用することだ。「このハードを買えば、xxx本の無料ソフトが楽しめます」…これは十分宣伝として利用できる。
今のところ、任天堂が保有するゲームの配信システムは、ニンテンドーDSにおける店頭でのダウンロードサービスだけだ。だが、今年中に発売されるRevolutionにネットを介して、自宅にいながらファミコンソフトなどをダウンロードすることが出来るバーチャルコンソール機能が搭載される。今のところ、配信されるソフトはファミコンやメガドライブといった過去のハードで発売されたソフトしか明らかになっていない。しかし、この仕組みを新作ソフトに適用することに何の問題もないだろう。そうなってくると当然、Revolutionの専用コントローラに対応したソフトをダウンロード配信されるだろう。RevolutionからDSにダウンロードする仕組みも出来るかもしれない。
カジュアルゲーム市場では、ZUMAなど他のソフトからアイデアを盗用したソフトが問題になることがある。表面化していない盗作もたくさんあるだろう。それは、カジュアルゲームがアイデア先行型であるとも言える。通常の家庭用ソフトでは、多少アイデアを盗用したところでさほど騒がれることはない。真・三国無双っぽいゲームにいちいちコーエーが文句を言ったりしないだろう。それはアイデア以外の部分のウェイトが大きいためだ。同じアイデアを元にしても肉付けの部分や見た目で全然違うゲームになる。逆に、カジュアルゲームはアイデアが命。ある意味、アイデアだけで成り立っているソフトも多い。そりゃ盗作されたら怒るわけだ。
そして、パソコンのマウスや携帯電話のキーなどの、貧弱なインタフェイスでしか動かないにもかかわらず多くの優秀なカジュアルゲームが生まれている。そこにニンテンドーDSやRevolutionの先進的なインタフェイスが投入されたら、きっと素晴らしいものが産まれるにちがいない。
ニンテンドーDSやRevolutionのソフト開発の現場では、そのようなアイデアが次々と生まれてきているのではないだろうか。しかし、そのアイデアを既存のパッケージで販売するには障壁が高すぎる。アイデアを泣く泣く捨てるか、他のものとセットにするしかない。無理にアイデアを寄せ集めたところで、生み出されるのはミニゲーム集ばかりだ。実際、ニンテンドーDSの初期(と最近発売のソフトの一部)には小さなアイデアを無理矢理詰め込んだようないびつなソフトがあった。こういったソフトを一つずつ低価格、もしくは無料で配信できれば開発者にもユーザーにもメリットになるのではないだろうか。まぁ、流通業者は嫌がるだろうが。
任天堂はTouch Generationシリーズで今までゲームに触れていなかった層を大量に取り込んだ。これらの層のゲーム対する購買力は低いが、やたらと人数が多い。購買力が高いが人数の少ないマニア層と比べると、全体の購買力ははるかに大きい。
ともかく、あまりゲームを買わない人たちにニンテンドーDSが売れた。任天堂の次の課題は、大人のDSトレーニングシリーズを2本購入した人々に3本目、4本目のソフトを買わせることである。たとえば、こちらの店に超巨大なテトリスDSのパッケージ画像があるが、帯にある文章は明らかにマニア向けではない。フラッとゲーム店に立ち寄った人たちに手に取らせる演出だ。
テトリスだけで十分だろうか?もっともっと多くのバリエーションを増やす必要がある。彼らを十分に満足させるためには、もっと安く、もっと手頃で、もっとわかりやすいソフトを多数用意する必要がある。彼らには、カジュアルゲームを与えるのがちょうど良い。
高画質や高性能を競い合うことも、たしかにゲーム機において重要なことだ。しかし、こういった世の中の大多数の層が本当に求めているものを提供できるかどうかも、次世代ゲーム機戦争の一つの鍵になるのではないだろうか。
そして、これは一つの願望なのだが、Revolutionの仕様をある程度オープンにし、ゲーム配信システムを利用してアマチュア開発者のゲームをダウンロードできるようにしてもらえないだろうか。きっとその中からダイヤの原石が見つかるにちがいない。
追記:よくよく考えたら、任天堂ははるか昔からゲーム配信には注目してた。ディスクシステムの書き換え、サテラビュー、ニンテンドーパワー、それと(大失敗だったけど)ランドネット。サテラは敷居が高いし、ディスクシステムとニンテンドーパワーも実店舗の協力が必要だったから、あまりコストは抑えられなかった。しかし、インターネットがこれだけ普及すると、そのあたりの心配が要らなくなる。いままでの任天堂の長年の努力が、やっと実を結ぶことになるかもしれない。