2021年02月12日

藤子・F・不二雄「ノスタル爺」を読み解く


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藤子・F・不二雄の「ノスタル爺」という作品がある。
1974年に、藤子不二雄Aとのコンビを解消する前の藤子不二雄名義で発表された28ページのSF短編で、ネット上では「抱けえっ!!抱けっ!!抱けーっ!!抱けーっ!!」のコマだけが妙に有名な作品だ。

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ドラえもん公式サイトで2021年2月13日までの期間限定で無料配信されている。

現在入手可能な短編集では「藤子・F・不二雄SF短編<PERFECT版>(2)定年退食」に収録されている。

あらすじ

この作品あらすじはこうだ。

学徒動員で戦地に送られた浦島太吉は、ジャングルで30年過ごしたあと帰国したものの、出兵前に結婚した妻の里子はすでに他界していた。故郷の村はダムの底に沈み、村人は散り散りになり、「土蔵の爺さま」が亡くなっていることを知る。
太吉は自身が戦地で死亡したことになっていたにも関わらず再婚を断り続けていた里子を思い、結婚するべきではなかったと嘆く。祝言の日に里子と交わした会話や、「土蔵の爺さま」のことを思い出しつつ、ダム湖の水際まで向かう。
水没していたはずの樫の木の根本で中学時代の思い出に浸っていると、漠然とした予感が膨れ上がり村のあった場所に駆ける。そこにはかつての村の姿があった。幼い頃の里子を見つけ思わず抱きしめると、不審者として村人たちからふくろだたきにされ、浦島家に連行される。
太吉は父親に村から出ていくよう諌められるが村にとどまることを懇願し、土蔵に閉じ込められることになった。ひげだらけになった太吉は、土蔵の外から聞こえる幼い里子と太吉の会話に耳を傾けながら笑みを浮かべた。


本作の時代背景

この作品は第二次世界大戦後30年ほど経過した1974年の作品で、その時代背景が盛り込まれている。
藤子・F・不二雄作品は普遍的に価値を持つが、さすがに半世紀前の作品となると、現在の価値観で読むと理解しづらい部分も出てくる。同じ短編集に収録された同時期発表の作品には「日本の人口は増え続け、何らかの形で人を減らす必要がある」という観点で描かれた内容のものが複数あるが、今の日本は少子化問題に直面している。

今作では冒頭でさらっと戦争から30年ぶりに帰国したことが説明されるが、これは主人公の浦島太吉は、戦後28年間グアムに潜伏し、1972年に帰国した残留日本兵の横井庄一さんがモデルになっている。読者の頭に横井さんのことがある前提で描かれているので衝撃的な事実に対して説明が簡素なのだ。

また、不可解な言動を繰り返す人間を自宅の蔵に監禁する行為は、現在ではあまり想像できない。一族に精神障害者がいることを恥とし、病院ではなく自宅や離れに監禁する「私宅監置」は、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律が施行される1950年までは合法だったのである。1970年代半ばの世論としては「過去の誤った行いで、現在は認められていない処置」ぐらいの感覚だったのではないだろうか。

また、今回の無料公開版や、電子化されている「藤子・F・不二雄SF短編<PERFECT版>」において、ループ後の太吉は「土蔵の爺さま」と呼ばれる。出版当時は「気ぶりの爺さま」と表記されていた。気が触れた、気が狂ったといった意味で、当時は問題なくても現在は差別的なニュアンスがあるための改変であろう。注意書きをつけて当時の表記のままにしてほしいものだが、児童の目に触れやすい作家なので難しいところだ。

時系列整理

本作は28ページの短い作品だが、回想シーンと現代のシーンが交互に進み、しかもその2つが途中から混ざっていく巧妙な構成になっている。
ストーリーがどのように進むのかまとめてみた。

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縦が時間軸で、横がストーリーの流れだ。
現代と回想を行ったり来たりしている。
中学時代の回想シーンに入る前、樫の木の根本に座った時点で過去世界に飛んでいるように読み取れるが、太吉自身の意識は冒頭から連続しているので、過去に飛んだと太吉が認識するまでは「現代」と記述するようにした。

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作中の時間の流れを矢印で示すとこうなる。
現代編は過去から未来へ、過去編は時間を遡る順番になっている。
時間軸における最新の太吉と、土蔵の爺さんの最も古い姿が一致し、物語と時間軸は一つのループに収まることになる。

更に整理してみよう。

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各シーンを時間の流れに合わせて並び替えると、このようにシンプルになる。
太吉の人生は、この流れを1周半していることになる。

この作品はハッピーエンド?

この作品では、「土蔵の爺さま」が太吉自身であったことが描かれている。物語の序盤にある「抱けえっ!!」のセリフは、この作品内の時系列的には太吉の最後の姿ということになる。
生きて帰れるとは思えないから結婚するべきではなかったと里子を拒む過去の太吉に対して、子作れと投げかけた言葉だ。
出兵前の太吉には未来がわからないが、土蔵の爺さまは、里子のその後の人生を聞いている。だからこそ、過去の自分の決断を覆そうとしているのだ。

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ストーリーの順番ではラストに当たるコマでは満足げな表情で幼い里子と太吉の遊ぶ声を聞く土蔵の爺さまとなっているので、一見するとハッピーエンドに見える。しかし、時系列上での主人公の最後の姿は何年も監禁され続けて、涙を流しながら届かない願いを叫び続ける醜態だ。

はたしてこの作品はハッピーエンドなのか?

「抱けえっ!!」のあとの太吉は作中で描かれていない。里子が亡くなったあとに後を追うように亡くなったという描写だけだ。
過去への介入により、世界線が切り替わり別の結末に向かう可能性はある。しかし、本作の土蔵の爺さまの過去への介入がはすでに回想シーン上で描かれている。これは「すでに起きてしまったこと」とみなせる。そうなるとループに伴う因果律の変化はなさそうに見えるので、少なくとも、作中で描かれているシーンはループ前とループ後で同じである可能性が高い。

変化があったとすれば、作中で描かれていない部分だ。
夫が戦死したと告げられたあとの里子は全く描かれていない。あまり長く生きられなかったが、彼女の余生は叔父のセリフから察すると不幸であったように読み取れるが、本当に不幸だったのか?

里子が再婚を拒んだ理由は「戦死した太吉への未練」として描かれている。
もしも、そうではなかったのなら?

ハッピーエンドへのルート

再婚を拒否する戦争未亡人がいる。外には知られてはいけない土蔵の老人がいる。
浦島家にとって、老人の世話をするのに里子は都合が良かったのではないだろうか?

太吉を失い、老人の世話を命じられた里子は蔵に向かう。
孤独感と恐怖心から泣きながら蔵に入ると、暗がりの中の老人が太吉にそっくりな声でこう告げる「泣くなよ。お化けがでたらおれが守ってやるからよ」

もしも、太吉が事情を説明し、里子がそれを受け入れたのであれば、彼女の余生は悪くはなかっただろうし、再婚も必要なかったであろう。
そうであってほしい。


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