2013年11月01日

定期的にアウトプットすること、いつまでもblogを続けること


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最低でも月一blogを更新はしなきゃなーと思いつつ、10月の更新がゼロになってしまった。
前回の更新以降、書こうと思うネタは十分あって、単純に時間とモチベーションが足りていなかった。
blogの更新頻度が実生活の充実度と反比例するという話はよく見かけるが、ああ、確かにそういう部分はあるよなと今更実感したような。

実生活があるからネットでの自分がいるというのは当たり前だが、リアルとネットがシームレスに繋がる現在においては、逆にネット上のつながりが実生活に波及することは言うに及ばない。
ネットから享受した利益はネットに還元していかないといけないと、使命感に駆られて無理やり時間を作ってまでアウトプットするとまではいかないにしても、こまめに思ったことを書き出しておいて損はないなと思う。

どうも前回の更新以降、時間が開けば開くほど記事のクオリティを上げていかないといかないと考えがちで、その部分も更新を停滞させていた原因となっていた。
一回リセットということで、推敲なしで、ぐだぐだとここ1ヶ月のことを振り返っておこうと思う。

前回の更新は山内前社長の逝去に際しての気持ちの吐露という気持ち悪いもので終わっていたのだが、実はあのあと京都まで出向いて社葬に参列させていただいていた。

それに関してまじめに書くととんでもない長文になりかねないので心のなかに収めておくが、素直に「行ってよかった」と思える葬儀だった。
前世紀末に任天堂ファンサイトを運営していた友人達と久しぶりに会い、互いの近況報告と当時の笑い話をしつつ、山内さんの思い出を語り合うのは非常に楽しかった。
葬儀に行ったのに楽しんできたというと不謹慎に思えるかもしれないが、それでよかったのだと思う。

諸々の事情でフットワークが軽くなったこともあり、その後も東京に遊びに行って友人達と遊んだり、近くに住んでいながら疎遠だった友人と久しぶりに会って楽しく食事したりしていた。

10年分ぐらいの思い出話をする中で、こちらの近況をたいして説明する必要がなかったのは定期的にアウトプットしていたからで、ブランクを感じずに済んだ。
ただ、90年代にサイト運営していた友人達の中で、当時とほぼ同じように継続しているのは自分ぐらいで、めずらしい存在なのだろう。

友人達が全員blogを読みあさっているわけではないが、ネット全体でよく読まれるような記事を書けば割と目につくようで、説明なしで話題を振ることができて楽だった。
また、見てもらうというよりも、自分の中での記憶の定着に役に立っている部分が大きい。SNSで小出しにしている程度だとこうはいかない。

知らない誰かではなく、狭い範囲の読者を考えながら、大して読まれない文章を残していくのも悪くはないなと思った。
もう一つ、blogを書くことの意義についても友人との話の中で見つけ出すことができたが、それについては別の機会で。
(執筆時間31分/もうちょい早く書くつもりだったが、まだ時間をかけ過ぎだな)


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2013年09月20日:山内社長、ありがとう。さようなら。

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