不都合な発表をする際の「都合の悪いことは伏せるメソッド」と「全部反論メソッド」
あらゆる企業、団体はときとして多くの人に自分にとって不利になる情報を出さなくてはいけない場面に出くわすことがある。具体的にいうと製品に不具合を出して回収騒ぎになった場合などだ。
松下電器産業(現パナソニック)がFF式石油温風機で死者を出し、何年にもわたってテレビCMなどで告知していることは周知の通り。旧松下のように真摯な態度で事実をすべて明らかにすれば、長期的に見た場合に逆に企業イメージが向上する。
しかし、不都合な事実を明らかにする際にも、その場でなるべくダメージが少なくなるように振舞う人達がいる。
「都合の悪いことは伏せるメソッド」
「岡崎市立中央図書館のホームページへの大量アクセスによる障害について」と題された文章だ。平成22年3月から4月にかけて、新着図書データベースへの大量アクセスがあり、中央図書館のホームページ(蔵書の詳細情報)につながらない、又はつながりにくい事態が、何度も発生していました。市民の方からその旨のお問い合わせをいただくことも何度かありました。図書館が導入しているコンピュータシステムのソフトウエアを開発した会社に連絡し、調査したところ、本を検索したり予約したりする一般利用とは異なり、短時間に大量のアクセスが行われていることがわかりました。これによって、それまでは問題なく閲覧できていた図書館のホームページが閲覧できない現象がたびたび発生していたということですが、誰が何のために行っているのか不明なため、図書館も対応に苦慮していました。
しかし、このような状態を放置しておくことは、より多くの方にご迷惑をかけることになるので、警察に、このような事例が他にも存在するのか、犯罪性はあるのか、また相談窓口はないか、といったことについて相談し、最終的には被害届を提出しました。
その後の捜査により、大量アクセスを行った人物が逮捕され、報道によりますと、起訴猶予処分となっているとのことです。
このコンピュータシステムは平成17年に導入しましたが、その時点で自動プログラムを用いて短時間に大量の図書データ情報を入手できるような事態は、想定していませんでした。今回の事例により、そのような情報入手の方法があることを認識し、本年7月、大量アクセスに対応できるよう、コンピュータシステムの改善を行ったところです。
ホームページは誰にでも開かれています。もちろん事前の申請の必要もありませんが、利用者の方におかれましては、情報収集のために使われる手段が、他の利用者に迷惑をかけていないかどうかについて、ご配慮をお願いいたします。
なお、平成23年1月初旬には、サーバーの入替を主とするシステムの更新を行います。これにより、図書館業務の機能強化を行うとともに、今回のような、大量アクセスへの対応はもちろんのこと、市民の皆さんの使い易さの向上を図ってまいります。
平成22年9月1日
岡崎市立中央図書館
この文章を読んで受ける印象は予備知識の有無によって大きく変わる。事の経緯を知らない多くの人は、どういう印象をうけるだろうか?「図書館のサーバに対して逮捕されるような行為を行った人間のせいでアクセスしにくい現象が起きていたが、改善したので同じようなことが起きても問題が出なくなるようにした。」と読む人もいるのではないだろうか?
今回の件について詳しく書くととても長くなるので簡単に説明する。
逮捕された人物は悪意を持って大量アクセスしたのではなく、GoogleやYahooが行っているのと同様の情報収集をしていただけ。負荷がかからないように配慮もしていた。しかし、サーバ側のソフトにバグがあったためそれほど多くないアクセスでもサーバが高負荷になっていた。ソフトの開発会社はバグに気づいていたが放置していた。図書館は開発会社にも相談をしていたがバグについては説明せず、結果として警察に通報することになった。警察も初歩的なコンピュータの知識があれば逮捕に至らない些細な事件であることは容易に分かるはずなのに、よく確認しないまま起訴し、勾留した。最終的には起訴猶予処分、つまり、釈放された。
これはかなり大雑把な説明なので、正確なことを知りたい方は「librahack」でGoogleなどで検索するといい。
この経緯を把握した上で発表された文章を見ると、印象が大きく変わるだろう。バグについて全く触れていないのだ。逮捕された人物に対する謝罪もない。
本来、不具合に気づいていながら改修しなかったこと、それが原因で無実の者が不当逮捕されたことを開発会社と連名で出すべき事案だろう。
しかし、それだと今までの経緯を知らない人にまで自分たちの不手際が露見してしまう。逆に経緯を知っている人は責任の所在を明らかにしたことで好印象になる。
都合の悪いことを伏せる発表文だと、多くの人はなんとも思わないか少し怒る程度で、一部の事情を知る人たちを激怒させる。
逆に、すべて明らかにすると、多くの人が怒り、一部の人が喜ぶ。
数字はものすごく適当だが、世間に与える影響を数字で表すとこうなる。
・都合の悪いことを伏せると、99人がマイナス1点で、1人がマイナス100点なら合計はマイナス199点。
・すべて明らかにすると、99人がマイナス5点で、1人がプラス100点なら合計はマイナス395点。
都合の悪いことは言わない方が、全体としてはマイナス分が少ない。これが「都合の悪いことは伏せるメソッド」だ。
もちろん、このあとで批判が高まりこの発表を撤回して謝罪する場合はもっと印象が悪くなる。マイナス1000点ぐらいになるんじゃなかろうか。発表側にとって最悪のケースだ。
このまま、うやむやになって誰も話題にしなくなれば図書館と開発会社の勝ち、批判が高まりあとですべてが明らかにされると負けということになる。ある種の賭け、両刃の剣だと言える。初心者にはおすすめできない。
「全部反論メソッド」
とても長いので引用はしないが、日本ホメオパシー医学協会が掲載した「『日本学術会議』という機関は、政府から独立した特別の機関であるため、本会議自体に行政・立法・司法の三大権限を有していません。つまり、今回の「ホメオパシー」についての会長談話の公表内容は、日本学術会議という一機関の見解であり、政府の見解ではありません。日本学術会議の声明文を見ていきます。」という、題名からして長すぎる発表文がある。こちらに関しても十分な予備知識がないと状況を把握できない事例なのだが、簡単に説明する。
ホメオパシーというのは、200年以上前に考え出された治療法で、成分を1分子も残らないぐらいに水で極端に希釈し、砂糖玉に染み込ませたものを飲めば水に残った有効成分の"記憶"が自然治癒力を高めて症状が緩和するという民間療法だ。
ホメオパシーに傾倒しすぎて通常の治療を放棄して病状が悪化したり、死亡する事例が発生したことを問題視した日本学術会議が、ホメオパシーは荒唐無稽で通常の治療の置換えにはならないと発表した。
その発表に対する反論がこれである。
読む価値のない駄文なので熟読する必要はないのだが、論拠がほとんどホメオパシー団体がだしている本や論文なので、「俺が正しいと言ってるから正しい」レベルの作文になっている。ホメオパシー団体の主張には科学的に否定されても長い歴史があるから正しいというものもあるが、その理屈が成り立つなら、同じ理屈で人種差別も正当化できる。
まともな神経を持った人が読めば、言ってることがむちゃくちゃなことは容易に分かるが、この長い文章はおそらく読まれることを想定していない。
ホメオパシー信者は日本学術会議の発表で不安に思っている。そこに日本ホメオパシー医学協会がとても長い反論を出す。ちゃんと読めば書いてあることがむちゃくちゃだということがわかるが、ちゃんと文章を読むような人ならそもそもホメオパシーに傾倒するはずがないので、「よくわからないけど、とても長い文章で反論しているからこれからも日本ホメオパシー医学協会を信じていいんだ!」と思うことだろう。
反ホメオパシーの人たちはバカバカしすぎて途中で読むのをやめる。
もし、律儀に一文一文丁寧に読んで一つ一つ矛盾点や不備を指摘する人がいれば、これ以上の長文になってしまう。そうすると、さらに読む人が減るので、この長文に対する再反論は効果が薄いということになる。
これが「全部反論メソッド」だ。
信者にはさらなる信頼を、他の人には疲労感をもたらす効果がある。
しかし、信者が想像以上に理解力があるとホメオパシー離れが進むので、両刃の剣だ。初心者にはおすすめできない。
まとめ
まともな組織がこれらのメソッドを使うと周りから白い目で見られるのでやめておこう。初心者にはおすすめできない。2010年09月06日:Wiiレビュー「朧村正」
2010年08月18日:幼児ウケが異常に良いiPhoneアプリ
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コメント
ホメオパシーは、「効果があるなら薬事法上の承認を得るために行われる臨床試験である治験を行い、正規の医薬品として認可されるべし」と言えば終わると思います。
もしくは、以下のポスターで十分かと。
http://anlyznews.blogspot.com/2010/09/blog-post_07.html
投稿者 : uncorrelated | 2010年09月07日 09:17