福岡ゲームクリエイターズサミットまとめ その2
前回の続き
『ゲーム作りのスタイルについて』
浜村 新作を作るときに始めることとかありますか?小島監督は軍事訓練をされていましたよね?
小島 取材はします。メタルは軍事訓練ですけど。企画はいっぱいあって、一番売れそうな物を優先的にして、自分たちが出来るかどうか、今のテクノロジで出来るかどうか、市場的にどうなのか、毎日順番を変えて最前列にあるものを次に作る。作るとなると、取材をしてある程度固めて合宿をします。
浜村 堀井さんはどうですか?取材で構想を練るんですか
堀井 いろいろですね。前回の反省から始めることもあるし、次はどんなことをやろうかと考えたり。ドラクエ9はわかりやすくて「みんなでワイワイ楽しめるものを作ろう」と。ドラクエ5のときは魔王を倒すというのは決まっていて、じゃあどう倒すのかと。それで親子三代ならどうかなと。そういうテーマを持って合宿して。
浜村 やはり合宿はつきものですか
堀井 そうですね。世界を作るルールを決めなきゃいけないので。
浜村 日野さんが前、堀井さんのこだわりはすごいって言ってましたけど。厳しいと。
堀井 考え方がユーザーなんです。自分で作っていても客観的に「これはダメだろう」と思っちゃう。自分としては自然な感じ。プレイヤーのときは分かるのに、作り手になると分からなくなる人が多いんだよね。なんでだろうね。
上田 合宿って何日ぐらいされるんですか?
堀井 3~4日ぐらい。
小島 僕は何回か分けてやってますね。最初の頃と、お話パートの合宿とか
浜村 それは寝食をともにされるんですか
小島 そうですね、ジャグジーに入って良いアイデアを出した人から順番に出て行くとか。出てこない人は茹でダコみたいな。そういうノリ。合宿と言うよりは懇親会みたいな。
名越 僕はワンマンなんで、自分がこうしたいんだと、やりたいことを散らしていってそれを組み直して、ゲームとして成り立つかどうかを考えます。最後にお金を含めて成り立つようにしたらどうするかを考えますね。この順番じゃないと新しいアイデアはなかなか出てこないですね。
上田 うちは合宿はやらないですね。ICOの時にちょっとやりましたけどあまり成果がなくて…。ワンダの時に乗馬に行ったぐらいで取材もあまりやらないですね。
小島 僕は行きたいところに取材にいってますね。ニューヨークに行きたいときに、今回はニューヨークって。
浜村 堀井さんの取材はヨーロッパが多いですか?
堀井 やっぱり行きたいところに。ドラクエ3でピラミッドを出したけど、あれって本当にピラミッドを出す意味あったのかなって。取材に行きたかっただけじゃないかと。
小島 MGS4のために南米の危ないところに行くかというと、そこまでは行かない。ホテルの完備されているところだけ行く。
堀井 取材は自分への刺激だと思うんですよ。自分の中に沸いてくる刺激を求めていくと。
小島 ある程度ゲームができてからいくんですけど、マップの構成とかがらっと変わりますね。帰ってきてから全部作り直したりとか。
浜村 ピラミッドを見て何か変わりましたか?
堀井 …何も。
『ゲーム作りのストレス発散は?』
浜村 ゲームを作っている時ってつらいと思いますけど、一番つらいのはどういうときですか?
名越 常につらいですね。体中が痛いときに「どこが痛いですか」って聞かれる感じですね。それに慣れるかどうかかもしれないですね。「楽な状態になりたいな」と口では言うんだけれど、つらいものだと言うことは納得してると思うので、それぐらいの意識があればいいなと。
浜村 上田さんも体中が痛いですか?
上田 痛くはないですけど、常に8割ぐらいつらいですね。最初に「こういうものを作りたい」と思っているときと、制作中に自分が期待していた以上のものが上がってきたりとか、作り上げてからのお客さんの声とかはあるのが2割ぐらいで、それ以外はつらいですね。
浜村 堀井さんはゲーム作りは辛くないですよね?
堀井 楽しいけど、辛いことも。色んな事を考えないといけないんですよね。アイデアはあっても、それを形にするのが忍耐なんです。膨大なデータ量があって、テキスト量もそうだけど、数字を決めるにしてもその時のプレイヤーのレベルはどれぐらいで、モンスターの経験値がどれぐらいで、宝箱にはこれが置いてあるから、この店ではこれを売ろうと。色んなものを見ながら決めていく作業が大変。
浜村 あのドラゴンクエストのすべてを分かってらっしゃるのは堀井さんだけなんですか。
堀井 最近は任せたりするけど、ちょっと前までは全部やってた。シナリオを書き終わってから、モンスターのパラメータを決めていくんだけど、1週間ぐらいすると数字でモンスターのコードが言える。その時にシナリオを聞かれても忘れちゃってる。
浜村 小島監督はどうですか?
小島 僕はゲーム作りが大好きですけど、ゲーム作り以外の仕事が多くて。MSXのころは10人ぐらいだったので、自主映画みたいにシナリオ、脚本、原作、デザインまでやっていたけど、今はそうじゃないので。1本作るのに3年ぐらいかかるんですけど、その間はメタルギアという世界観の中に閉じこめておかないといけないので、色んなものを見ると色んな刺激が来るので、見ないようにしないといけない。
浜村 堀井さんも見ていると変えたくなりますか?
堀井 ありますよね。結構間に合わなかったりますけど、わがまま言って。最近だとドラゴンクエストモンスターズジョーカーで結構色んなものを直してもらいました。
小島 映画も今ではCGで直せますけど、昔は撮影したら直せなくて。でもゲームは直せるんです。昨日作ったのが次の日に見たらいやになると。でも、それをやってたら発売できない。その辺のストレスはすごい。…上田さんは、それ得意ですよね?
上田 基本的にそうですね。「あ、これいける」って思ったものでも1週間ぐらい見ているとアラが見えてくるんですよね。それをお客さんにとっては良い目の肥えかただから、自分たちは辛いんだけど、お客さんにとっては良いことだと思うんですけど。
浜村 上田さんが辛くなれば辛くなるほど良いものができるんですね。名越さんは龍が如くのテキストデータを全部ご覧になった
名越 参考になるモノがなくて、かといってVシネマやヤクザ映画とも違うんで、「どう言わせたいの?」というのが、自分でしか言えなかったので。自分で作ったので当然ですけど、みるみるまとまっていくのが見えていくというのが、すごい嬉しかった。
浜村 表現の仕方で、プラットホームとか社内通すとか大変だったのでは
名越 今はもう、開発費が大きくなってて、世界を巻き込んでいこう、世代を限定せずに売りましょうというのとは全く逆で、日本だけしか売りません、男しかやりません、大人しかやりませんと広さよりも濃さをとったわけです。限定して作ったから生まれた価値があって評価されたと思っています。こういう作り方があるんだと、他の人がまた別の濃さを追求して新しいゲームのジャンルが生まれてくると良いなと。
『どの瞬間に作り終わったと感じるか』
浜村 聞いた話では、あるクリエイターの方はプロデューサーが「OK!」と言った瞬間に乾杯とか聞いたことがあるんですが。
小島 「OKです」っていう電話が来るんですけど、それをみんなで…
浜村 それはどこから?
小島 ハードメーカーから。ソニーさんからいつくるか前もってある程度分かってるんですけど、みんな残れと。で、来たらみんなで「乾杯!」。あとマスターを持っていくときにも乾杯をするんですけど、…でも戻ってくる。
名越 本当に終わったって分かっても、なんとなく部屋にいて、ソワソワして自分の中ではまだ終わってないような気がしてるんです。誰もいないフロアで一人だけウロウロウロウロしてしまう。落ち着かないんです。本当にこれで終わったのかと思って。
小島 あと日本版とアメリカ版は同時に作って、欧州版が言語対応ですこし遅れるんです。そういうのがあるんで、なかなか終わった感じがしないですね。一番いいのは、ゲームをある程度組んだときに自分でやって、面白いんですよね、これが。その時「天才ちゃうか?!」と思っちゃう。
上田 僕はちょっと違いますね。引き離されるような…、もっと作業したいんだけど…。だから、すごく不機嫌ですね。
浜村 納得いってない?
上田 納得いってないわけじゃなくて、そういうものなんですね。自分では終わりとは思えないので。もっとやりたいもっとやりたいと思います。
浜村 堀井さんは?
堀井 外注だからバラバラに上がってくるんですね。結局終わった感はあんまりなくて、「商品になりました」と言われて、ああ終わったなと。
『ゲームの未来について』
画面には資料、実用ゲームの売り上げ一覧
浜村 DSなど携帯ゲーム機ですごくゲームが変わっているというか、電車の中や駅でゲームをやっている方がすごく増えて来ました。「脳トレ」が400万本、300万本、「えいご漬け」が160万本。なんかすごい数が出ているんですけど、すごくゲームが変わりつつあるんですが、こういう現象はどう思いますか?
堀井 今は過渡期にあると思います。たとえば、50インチのプラズマが家庭に入ってきたら、それでゲームをするのは申し訳ないんですよね。ここで携帯機が役に立ってるんですね。今ちょうどバランス的に携帯機に行ってるけどいずれ戻ってくるでしょうね。
小島 今ちょうど、デジタルの技術と実用的なものを作る技術と携帯の市場と世の中のニーズが、ちょうどうまいこといってると思います。僕も株のソフトを作りましたから。ただ、従来の物語で楽しんだり、なにかメッセージをもらったりするようなゲームを望んでいる人もいっぱいいると思いますので、そういうものを提供していきたいと思います。
名越 セガにも教育の専門部署があって、程なくなくなりました。要はお金にならないから。脳を鍛えたいな…というニーズはないと思います。そのソフトで何がもらえるのかというのは、そういうものだけじゃなくて、感動でも良いし、エキサイティングでも良いし、ハッキリと「このソフトがあなたに与えるものはこれです」というのが、エンターテインメントとしてもハッキリしないといけない時代だなと前から考えていたんです。そこで、タイトルがこんな長いじゃないですか。これでもか!というくらい長さのタイトルがまさにはまったんじゃないかと思ってます。
上田 ちょっとコメントしづらいんですけど。物語性があるものに興味があるじゃないかなと思うんです。そういうものを作っていきたいなと。
浜村 みなさん、必ず物語があるものに戻ってくると言う認識で良いですか?
小島 まあ、僕はテレビで言うバラエティだと思ってるんですけど。僕はドラマを作っていく。
堀井 ある種恐怖心みたいなものもあると思うんですよ。これやると脳が良くなるよ、英語をやんなきゃいけないと。そういう事にはまっちゃってるんじゃないかなと。物語を求める気持ちもすごくあると思うんですね。
『グラフィックについて』
浜村 ゲームの定義が変わっているという話をしましたけど、今は携帯ゲーム機がすごくシェアを広げて、据置型ゲーム機とのシェアがちょうど半々になっています。色々な形でものが変わっている気がするんですね、これからのゲームってどうなっていくのか、これからのゲームはどうなっていくのか、本質的な変化があるのかどうか、皆さんはどう考えますか?グラフィックが素晴らしいゲームが見たいんだって話もありましたけど。
小島 パソコン出身なので、グラフィックじゃあないんです。文字情報、世界観の構築。一日中どっぷりつかっていたいと、明日も遊びたいと、思わせるものを作ってきました。グラフィックだけじゃなく、新しい技術をどんどん吸収して、デジタルエンターテインメントを作っていきたいです。WiiとかDSのハードとしての新しい技術も良いですけど、それプラス、ソフト的な新しい技術もどんどん入れていかないとダメだと思いますので、グラフィックもそこそこあるものを常に目指していきたいなと。
浜村 ゲームの本質は変わらなくて、脳トレみたいなものが幅を広げているという感じですかね。
小島 DSもWiiもグラフィックはあのままではないと思いますね。
名越 色んなメディアでも最近言わせてもらっていますけど、DSなんかでは脳を鍛えると言いながら、どこかでは「バカになる」と言われる好きなように言われるアイテムとしてゲームが存在している。それは、どっちもあると思うんですよ。すべてのメディアには二面性があって、それはゲームだけじゃない。言い面と悪い面がある。アクションアドベンチャーというある意味面倒くさいゲームをしてくれるニーズを考えると、ドラマ性というのはまだまだあると思うし、今までほったらかしにしていた存在をなんとかしなきゃいけない。僕はゲームにも業界にも恩があるし、使命感を持ちながら取り組んでいきたいなと。あとの人たちが描きやすいキャンバスを残して行けたらなと、正解じゃないかも知れないじゃないかも知れないですけど、そう思います。
浜村 上田さんも、本質は変わらないと思われますか?
上田 ええ、そう思います。ゲームの世界に行けば主人公、ヒーローになれるとか、そういったものは変わらないんじゃないかな。ただ、最近ゲームを長くプレイ過ぎて亡くなる方も…
浜村 韓国の話ですね
上田 ある程度の時間で現実に戻してあげるモノじゃないといけないかなと思います。
堀井 ゲームは紙と一緒のモノなんですよ。紙って、その上に小説書けるし、推理小説も書けるし、漫画も描ける、絵も描けますよね。コンピュータというインタラクティブ性の中で、そういう紙と同じと思うんですね。もう、ゲームという呼び方はやめて「インタラクティブなメディア」で、その中にゲームもあると。ハードがどんどん進歩するに従って、色んな制約が消えて、自由な表現が出来る。そう言う意味で、自分にあったものを作り手も作るし、受け手も好きなものを受けるというふうに発展していく。
浜村 そうですね。非常に明るい未来があるような気がします。
堀井 たぶん老人になってもゲームやってるよね。僕も急に盆栽始めるとは思えない。たぶんね、老人ホームとかで時間が山ほどあるのでオンラインを延々やってると思う。
『次世代のゲームクリエイターの素養』
浜村 ゲーム制作者になるためには、何をすればいいか?一番大事な素養はなんでしょうかね
名越 当たり前だけど「好きだ」というのと、セガで最終面接をすることがあるんですけど「ゲーム好きですか?」という質問に、驚くことに「そうでも…」と答える人がたまにいるんですよ。驚くんですよね。内定を出して、辞退になってどこに行ったのかと聞くと「トヨタ自動車」と。全然違うんですよ。
浜村 安定を求めてゲーム産業に入る人がいると
名越 僕らもバブルの頃は大きい会社に順序をつけてたけど、給料が高いところに行こうと思う中のチョイスのひとつとしてゲーム業界には行ってきちゃう。良いことだと思いますけど、ゲームがカジュアルになっていく以上に、ゲームを作ること自体も割と選択肢としてはカジュアルになってきてると思うんですよね。何よりもゲーム作りたいという気持ちを大切にしてもらいたいですね。
小島 サービス業なんで。あらゆる人、全世界の人、見えない人をいかに喜ばせるか、そういうことが好きな人ですよね。そういうことが出来る人は人のことを分かってる人なので、人を知っている人じゃないとダメです。技術的なものとかも必要ですけど、人を分かっている人、人を喜ばせてあげたいと常に思っている人。
上田 お二人のままなんですけどね。スタッフが作っている者を見てても思うんですけど、これはどこがウリなのか、どこを描きたいのかというものがハッキリ見ていないといけないかなと。趣味であれば良いんですけど、仕事なので自分にストイックにならざるを得ないと思うんですけど、その辺を楽しめる人が良いかなと。
堀井 形にする忍耐力ですね。地味な作業だと思うんですよ。あとは、できあがってもつまんないところがあるんですよ、それを切っちゃう。思いっきり。
浜村 外の人に頼んでおいて、つまんないからやっぱやめるって相当な決断力ですね。…今なんか、このへん(客席の前列)ザワザワしてましたけど。
『福岡でゲームを作るというムーブメントについて』
浜村 福岡という場でゲームを作る、ゲームのハリウッドにするというムーブメントについて一言ずつ。
上田 難しいですね。昔福岡に来ていた時期があって、まだファミコンとかコンピュータゲームがない頃で海に行ってたりしたんですけど…何が言いたいんだか…母方の実家がこっちで
浜村 良いところですよね、年取ったらここに住もうかなって奴が結構いますよ。
上田 まあ、近しい場所だと言うことで
名越 納得できるところ、気分良くできるところ、それが福岡だと思った人は福岡が良いと思います。広島でも良いし、どこでも良いし。ちなみに僕は生まれが下関だから、関門海峡一本通って遊びには小倉に行ってた。そう言う意味では青春の場所でもあるんだけど。
小島 良い環境が一番良い物を作ると思います。うらやましいと思います。日本の中では博多でも良いと思いますけど、その次に世界に向けたときに博多で作れる環境をいかに作るかという…それが、僕ら東京にいても東京で世界に向けて作るときに、かなり厳しいです。この10年間悩んでいたことなんですけど、それが、皆さんの中で5年後ぐらいにおこってくると思います。その時またお会いしましょう。
堀井 僕は出身が淡路島なんですよね。大学がないんで、進学したら絶対に島を出なきゃ行けないんですよ。出たあとも帰って仕事がないんですよ。でも福岡にはこういうモノがあって、ゲームを作りたい人がそこでやれる、すごい幸せだと思うんですよ。
ドラクエの開発で、堀井氏一人がモンスターのパラメータや宝箱の中身をすべてやっていたと言うことに驚愕。本当にすごい人だ。多少の延期は許して良いかも。
名越氏がゲームの両面性に語っていた際に、ハッキリとは言葉に出さなかったがいわゆる「ゲーム脳」に徹底抗戦する意思表示をしているように感じられた。ゲーム業界への恩返しだという。見た目は黒くて怖いけどいい人だ。
このあとは来場者から募った質問への解答。次回に続く。
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