2012年03月04日

宮崎市内にある奇妙な斜めの道


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先日、法事で宮崎にある祖父の家に親戚が集まった時に「宮崎市内に不思議な道がある」という話題で盛り上がった。

宮崎に住む従兄弟が以前から気になっていた道路で、他の道路を突っ切るように斜めに伸びているのだ。地図で見ると、多少歪んではいるものの、主要道路は東西南北に伸びているのに、その道路だけ不自然に斜めになっているようにみえる。


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昔からその地に住む人に以前から聞いていて「鉄道が走っていた」「鉄道はなかった」と相反する情報だけが集まっていたという。確かに宮崎駅から河口に向かう線路に見える。しかし、こんな所に、短い区間で列車を走らせていたのだろうか?

私が宮崎入りする前日に、従兄弟が「昔鉄道が走っていた」という有力な情報を90代の親戚のおじいさんから得ていてようやく謎が解けたと喜んでいたが、その後にそのおじいさんは「線路はあったが鉄道ではなくトロッコ用だったかもしれない」と意見を翻してしまった。

ネットで調べて廃線になった宮崎県営鉄道の存在をWikipediaで得られたが、その路線は「宮崎 - 福島町(現在の佐土原) - 妻」で、方向が違う。

謎が解けないままみんなで悩んでいると、叔父が一冊の本を持ってきた。「消えた赤江川」という本で、地元の病院の先生が宮崎市の歴史をまとめた自費出版本のようだった。

その中に、まさにその道路についての記述があった。
具体的な記述は失念したが、「日豊本線の敷設に伴う土砂の運搬用に、大正初期に出来島町付近と宮崎駅をつなぐ出来島貨物線が作られ、日豊本線開通後に廃線、大正末期に道路になった」ということが書かれていた。

再度Wikipediaを確認すると「宮崎 - 川口(貨物支線)」という記述もあった。これが出来島貨物線なのだろう。
日豊本線のほうには更に具体的な記述があり、「1914年(大正3年) 11月20日 宮崎 - 川口間の貨物線開業」「1917年(大正6年)9月21日 宮崎県営鉄道妻線の買収により、(略)宮崎 - 川口間の貨物線を廃止」とある。

miyazaki_station.jpg

開通から廃線までわずか3年足らずの短い期間の鉄道だったようだ。
「消えた赤江川」の記述によると大正末期までは線路自体は残っていたようなので、そこにトロッコを走らせていたのかもしれない。

100年近く前の鉄道の痕跡が今も地図の中に生き続けていたのだなあと思うと感慨深い。

※文中の写真は祖父宅にあった昭和45年発行の山川出版社「県史シリーズ45 宮崎県の歴史」から抜粋した。こちらの本にも日豊本線の建設についての記述はあったが、貨物線には触れていなかった。


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