原作の映画化じゃない、独自の王道映画を撮った「バクマン。」
映画「バクマン。」があまりに素晴らしかったので2回目の鑑賞をした。
原作は「週刊少年ジャンプで連載をつかみとる原作・作画二人組の漫画家の物語」を、週刊少年ジャンプに原作・作画の二人組で描いて掲載するというメタ構造を取った作品である。
劇中で担当編集者の服部は二人の少年に「誰かの真似じゃない、君たちだけの王道漫画を描くんだ」と檄を飛ばす。この映画はまさにそれを体現した作品だ。
アンケート至上主義と揶揄される、本誌付属の葉書による人気投票による連載の打ち切りを堂々と解説し、編集者も実名で登場させるなど、漫画好きを喜ばせる漫画であった。大ヒットした作品ではあるが、本質的にはマニア向けだ。
さらに全20巻の長いストーリーの上に、セリフやナレーションの文字数が非常に多く、映像化するには密度が濃すぎる作品だったが、映画版では原作の要素を分解して映画のフォーマットに合わせて再構成している。漫画ファンが喜ぶ細かい業界ネタは優先度を下げられ、2時間の枠に物語のエッセンスを詰め込む事に集中した。
では、劇場版は漫画ファンをないがしろにしたのか?確かに、漫画好きから考えると疑問符が出てくるような展開、設定は多々見られるが、漫画に向かっていこうとする魂は変わっていない。
綿密に原作の構成要素を分解し、最低限必要な部分を抽出して、映画の文法に従った要素を加味して、それでもテンプレ的な映画にせずに独自の王道映画を作り上げた。その現場を想像しただけでゾクゾクする。
さらに漫画ファンを喜ばせたのが美術の仕事だ。
冒頭のシーンから登場する週刊少年ジャンプ編集部の雑然とした感じ、多くの作品のポスターが貼り出された編集部の廊下、主人公サイコーの伯父である川口たろうの仕事場に置かれたマンガやグッズの数々などその細部に渡るこだわりが生半可なものではない。
ジャンプ編集部はテレビなどで本物を見たことがある人なら再現度の高さに驚くだろう。また、劇中では全く言及されず、スクリーンの端に何度か見え隠れする程度だが仕事場の棚の上に江口寿史とゆでたまごによる、川口たろうあての色紙が飾ってある。手塚賞のパーティで二人からサインを貰ったという裏設定を反映させたものだ。
細部へのこだわりで忘れてはいけないのは、劇中で登場するスケッチや原稿の多くを漫画版の作画担当である小畑健が手がけていることだ。膨大な量の"本物の"絵が説得力を増している。この、劇中で使用されたイラストが画集として発売されている。
細部で嘘をつかずにひたすらリアルに世界を構築することで、ストーリー上の都合で大きく嘘をつかざるをえない部分を目立たせなくしているのだろう。この辺りの受け止め方は観る人次第だと思うのだが、監督の感性と合えば映画の世界に最高にはまれるだろう。
他にも、サカナクションが手掛ける劇中音楽とペンの音が混ざったサウンドの躍動感や、プロジェクションマッピングで白紙の原稿に絵が瞬時に浮かんで仕事場全体が漫画世界になる演出、エイジとのアンケートバトルでワイヤーアクション+CGを使った大胆な手法、亜豆が映るシーンだけ照明を変えてヒロイン感を出す表現など、語り尽くせない要素にあふれている。
さらに映画の最後に素晴らしいごほうびもある。漫画の背表紙をモチーフとしたエンドロールだ。過去の有名漫画作品をモチーフとして「キャスティング翼(キャプテン翼)」「ヒカルの照明(ヒカルの碁)」など、タイトルをいじって作者名が入るところにスタッフ名を入れてスタッフロールとしている。パンフレットにすべて掲載されているので、ぜひともパンフレットを買って、それぞれの元ネタが何か推理して欲しい。
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