2015年03月18日

任天堂とDeNAの提携は何を目指すものなのか


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任天堂とDeNAが共同会見を開き、資本提携および業務提携を行うことを発表した。資本提携により、互いの株式を交換する結果、任天堂はDeNAの第2位の大株主となる。また、業務提携によって、新たな会員制サービスを共同で構築し、任天堂のIP(知的財産)を使ったスマートデバイス(スマートホン・タブレット)向けゲームをリリースすることとなる。

今まで頑としてスマートデバイス向けのゲームリリースを行っていなかった任天堂が方針転換をしたと、センセーショナルに報道されることとなったが、実際の会見ではどのように発表されていたのだろうか。

禁じ手だった?スマートデバイス参入

任天堂株式会社 株式会社ディー・エヌ・エー 業務・資本提携共同記者発表

任天堂のサイトに会見時のプレゼン資料が掲載されている。
まず驚くことに、今回の提携への協議は2010年6月にスタートしている。2010年6月はiPhone4がリリースされる前後で、モバゲーを運営しているDeNAもスマートホンではなくフィーチャーフォン向けのサービスをメインとしていた時期だ。

もちろん5年前から現在の着地点を想定していたわけではないだろうが、携帯電話向けのコンテンツ提供を絶対的にNGとはしておらず、以前からあらゆる可能性は模索していたということになる。

そもそも、任天堂が否定していたのはいたずらに射幸心を煽るガチャ商法であって、Newスーパーマリオブラザーズ2の追加ステージのように、正当な対価としての追加コンテンツ提供に関してはむしろ積極的に取り組んでいる。また、以前からも岩田社長はスマートデバイスへの参入については明言しており、自社IPや、ゲームソフトの提供についても言及済みだ。

自社のゲーム資産をそのまま移植したとしても、それはスマートデバイス向けの娯楽として最適ではないと考えていますので、このようなアプローチを採ることは一切想定していません。ただし、このようなスマートデバイスを取り巻く環境の中で、任天堂が本当に得意とするところでお客様に価値を感じていただけることをご提供しなければ、多くのお客様にご支持はいただけないと思っていますので、開発チームには、ゲームをつくることも、自社のキャラクターを使うことも禁じていません。
2014年1月30日(木) 経営方針説明会/第3四半期決算説明会 任天堂株式会社 社長 岩田聡

1年前のこの発言は、DeNAとの提携を視野に入れた上でのものであることは間違いないが、今回の発表においても同じ見解を述べている。提携は方針転換ではなく、少なくとも1年前からの既定路線であったことがうかがい知れる。

そして、この2014年の岩田社長の発言は、以下のように続く。

ただ、これをもって、「マリオをスマートデバイスに供給」と報道されますと、完全にミスリードになってしまいます。

今回もそのようなミスリードがないように慎重に言葉を選んでいる。任天堂が保有するIPをそのまま移植するのではなく、スマートデバイスに適したコンテンツをつくり上げるのであり、決して移植ではないことを強調していたのだが、残念なことにスーパーマリオというアクションゲームソフトがスマホに移植されるという誤解を生むような報道が多く見られた。もちろん任天堂IPにマリオは含まれるが、ゲーム機のコントローラに適したアクションゲームがそのままスマホに移植されるわけではない。マリオというキャラクタがスマートデバイスのゲームに登場する可能性が出てきただけだ。

任天堂がスマホ参入を禁忌としていたように思われているのは、発表のタイミングを図っていたせいでもある。長い間準備はしていたわけだから、マスコミから参入しないのかと質問されたときに、「計画している」と早い段階で言うことも可能だったはずだ。
スマホゲームは、コンシューマゲーム業界以上に変化が大きい。コンプガチャ問題で大騒ぎしていた頃と比べて、いい意味でも悪い意味でも業界が熟している。いい意味は、世間の風当たりが弱まった点、悪い意味は新規参入がしづらくなった点だ。その辺りも加味して、ギリギリまで粘ってこの時期の発表となったのではないだろうか。

なぜ新ゲーム機の登場を発表したのか?

今回の会見では、二社の協業の他に「全く新しいコンセプトのゲーム専用機プラットフォーム」であるコードネーム"NX"についても言及している。

現時点ではDeNAとの関連性が薄く、コードネームしか発表されず詳細も来年にならないと明かせないというのに発表したのは、言うまでもなくスマートデバイスへのコンテンツ供給が、"鞍替え"ではないことを強調する必要があったからだろう。

任天堂がスマートデバイスに参入するインパクトがあまりに強く、任天堂がゲーム専用ハードから撤退するのではないかと考えるマスコミやアナリストが現れることを防ぐためだ。

さて、このNXの詳細発表は来年ということだが、色々とヒントは出ている。
・「全く新しいコンセプトのゲーム専用機プラットフォーム」という呼び名
・任天堂とDeNAが共同開発するメンバーズサービスに対応
・据置型か、携帯型か明言されていない
・発売は早くても2016年

私は以前から任天堂の次のハードについては想像を巡らせていて、据置型と携帯型を統合するのではないかと想像するようになってきている。NXこそが、その第一弾になるのではないだろうか。Wii Uのリリース時に露呈したように、任天堂の開発リソース不足は顕著だ。携帯型と据置型を平行して開発し、そのうえスマートデバイスにもコンテンツを提供しはじめたら、いずれ大きなひずみが生まれるだろう。だから、NXは3DSの後継機種であり、Wii Uの後継機種でもあるような全く新しい枠組みのハードになると考えている…わけだが、今回の提携話からだいぶ外れてきたので話を戻そう。

ネットワークは任天堂最大の弱点

10数年任天堂ファンサイトをやっているぐらいだから、私は任天堂の大ファンだ。任天堂のゲームも、任天堂のハードも大好きだ。そんな私でも任天堂のネットワークがらみの仕事っぷりには落胆させられる事が多い。

具体例を上げていくときりがない。クラブニンテンドーの使い勝手の悪さ、Wii Uプレミアムサービスの存在の不可解さ、ニンテンドーeショップの面倒臭さ、Miiverseから漂うコレジャナイ感、無限に増えていったDSソフトのフレンドコード、WiiとWii Uと3DSで同じソフトを3回買わされるバーチャルコンソール、もう何もかもが残念だ。あと、完全に忘れていたがランドネットというものもあったな。

ゲームは面白いのに、その周辺のサービスで色々と損をしている。例えるなら「味はいいが接客が苦手な頑固オヤジの店」だ。料理は美味いが、箸が折れ曲がっていたり、客の注文を聞き逃したり、メニューが読めない字で書かれたりしている。

その、任天堂最大の弱点にようやくまともなテコ入れが行われることは歓迎したい。メンバーサービスを再構築するにあたって、携帯電話向けのゲームプラットフォームを長年運営してきたDeNAをパートーナーとして選んだのは非常に良い選択だ。

あと、もう一社、任天堂と協業してネットワーク周りの手伝いをしてきた京都のIT企業があるのだが、DeNAとの提携でその関係に変化があるのかも興味があるが、あまり関係のない話なので気にしないでおこう。

DeNAの思惑、任天堂の野望

今回の発表時点で、任天堂とDeNAの時価総額には9倍以上の開きがあるため、対等の株式交換でもDeNAが発行済株式の10%を放出するのに対して、任天堂は1.24%しか出さない。結果として、任天堂はDeNAの創業者に次ぐ第2位の大株主となる。盤石な経営基盤を築く上で、いつ手放すかわからない証券会社ではなく、安定した提携先が大株主となることは大きな礎となるし、世界的に知名度の高い任天堂IPは巨大な宝石の原石のようなものだ。今回の提携はDeNAにとって、メリットが大きい。

任天堂にとってスマホゲーム業界は敵としか思えないのに、一見するとDeNA側が一方的に得をするような提携を行って、任天堂は大丈夫なのだろうかと考えてしまいがちだ。
だが、任天堂は以前から他のゲーム会社を敵と考えていない。では、任天堂の敵は誰か?それは"無関心"だ。
任天堂が最も恐れることは、任天堂が人々の興味の対象から外れることである。

WiiとニンテンドーDSの時代において、任天堂が戦っていた相手は「ゲームに興味を持っていない人たち」だった。彼らの関心を得ることで、任天堂は大躍進を遂げた。
現在、任天堂が戦おうとしているのは「スマートホンに時間を費やしている人たち」だ。「スマートホンにゲームを供給している会社」ではない。

自社IPをスマートデバイスに供給することで、彼らから莫大な収益を得られればもちろん大成功だが、任天堂の狙いはそこだけではない。スマホアプリで収益を得ることは提携の最大の目的ではない。彼らに「任天堂という会社はこういうキャラクターで人々を喜ばせる会社ですよ」というメッセージを届けることができれば、それで十分成功したといえるのだ。

任天堂IPに対するポジティブな評価が高まり、任天堂が提供するゲーム専用機プラットフォームに客を呼びこんだり、キャラクター商品を購入させることが最大の目的となる。

端的に言えば任天堂は今回の提携で「自社IPで最大の利益を得る」ことを目的としている。だから、任天堂IPを毀損するような半端なゲームや射幸心を煽るようなゲームは決してリリースしないだろう。そのため、任天堂IPをDeNAがいじくり回すことはない。ゲームの開発において、ユーザが直接触れるフロントエンドは任天堂自身が開発を行い、DeNAはサーバやネットワークといったバックエンドの開発や運営をする"黒子"に徹することになっている。

あえて短期的な利益を追求しない方針で、なおかつ"黒子"という役目まで背負わせるという条件を飲ませるために、単なる業務提携ではなく、資本提携という密な関係を結ぶことになったのではないだろうか。

果たして、今回の提携が吉と出るか、凶と出るか。
来年度末ぐらいまでにはある程度見えてくるだろうか。


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